茨城県 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』さんから 引用元ページ
県名は廃藩置県後、間もなくに行われた県の統合の際に、
茨城郡の水戸に県庁が置かれたためその郡名が採用された。
茨城という名は、一説に、賊を討つために茨の城(柵)を築いたことに由来し、
常陸国風土記の茨城郡条には、「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために、
イバラを穴に仕掛け、追い込んでイバラに身をかけさせた」とある。
また、万葉集にも
「みちのへの茨(うまら)の末(うれ)に延(ほ)ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」という歌があり
この故事にちなむ茨城(うばらき)という地名がみられる。
水戸市
水戸徳川家所縁の地として、水戸黄門(徳川光圀)、梅の名園偕楽園があり、
毎年2月には水戸の梅まつりが、8月には水戸黄門まつり・9月には水戸萩まつりが開催される。
明治時代以降は、納豆の生産が盛んになり、水戸納豆として親しまれ、納豆早食い世界大会も開かれている。
水戸都市圏(都市雇用圏)の人口は約66万人(2000年)。
加藤浩一市長は、隣接市町村との合併で政令指定都市を目指しており、
市の広報などでその構想を発表している。 |